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第307回
「どんな経済投資も沖縄人の 魂の飢餓を満たせない」
この言葉を安倍政権に

2015年6月27日号

 TBSラジオで毎週土曜日に放送されている「永六輔その新世界」は、断トツの人気番組である。他の民放局もNHKも、この時間帯だけは競争を諦めてしまっているようだ。主な聴取者層は、60歳以上の高齢者であるが、そのホストに対する信頼と愛情は、他に類を見ない。それは畏友永六輔が、パーキンソン病という難病に冒され、発声や発音がままならなくなっても、いささかも揺がない。そして外山惠理アナを始めとするレギュラーや、レギュラーゲスト達が、まるで「一家」のようにホストを支えているのも、他では考えられない。

 ボクは幸いにして長い間、レギュラーゲストとして、年に4~5回出演させていただいている。そして永ちゃんが発病してからは、半分は彼の言葉として発言しているつもりである。旅行帰りの5月9日も、前日東京に1泊して、朝の9時半ころTBSに入った。リスナーからのボク宛の「お便り」が山積みになっている。彼らはボクを「一家」の一員として迎えてくれている。この日も「日米安保」や「沖縄」に関する御意見や注文が多かった。ノドの癌を患って、放射線の副作用で唾液の出ない身としては、いささか辛かったが、この日も目一杯〝熱演〟してしまった。何故これ程真実を見抜いている人々(聴取者)が居るのに、有権者の多くは安倍首相の欺瞞的言動にまるめこまれてしまうのか? ボクには不思議でならない。

 帰宅したこの晩、ボクは晩酌もやらずに、テレビの前に座っていた。午后9時からの「NHKスペシャル」を、素面で見たかったのである。これは’72年の沖縄返還の前後、当時の佐藤栄作首相と、その秘書であった楠田實氏のやりとりを、楠田氏が残した尨大な資料をもとに描いたドキュメンタリーであった。この問題に関して、当時テレビで発言して物議をかもしたボクとしては、見逃せなかった。

 ’72年の返還に際し、佐藤首相は「沖縄返還なくして戦後は終らない」と宣言し、「核抜き本土並み」と公言したことに、ボクは嚙みついたのである。全基地の7割以上が沖縄に集中しているのに、「本土並み」はないだろうと言った。ボクは今でもこの「本土並み」は虚言だと信じているが、その間の対米交渉が大変なものだった事が、この番組でよく解った。そしてその陰の主役は楠田氏だったことも理解した。

 ’64年に訪沖した同氏は、この問題は〝補助金だけでは片づかない〟と考え、首相に訪沖をすすめ、佐藤氏は翌’65年に訪れた。ここで〝戦後は終らない〟の発言があった。’67年のジョンソン大統領、’69年のニクソン大統領との首脳会談を経て、’72年にようやく実現にこぎつけるのであるが、その間の交渉のポイントは核兵器にあったようだ。

 それは沖縄返還に先立つ、小笠原返還から始まっていた。’68年の交渉時、米国は父島にあった核兵器の貯蔵庫の存続を主張した。それに対し、三木武夫外相は「非核三原則」(持たず、作らず、持込ませず)を楯に署名を拒んだ。結局はタナ上げのまま返還となるのだが、沖縄の場合は、もっと大変だった。佐藤の苦悩の中心は〝核〟だったと楠田は回顧している。

 実際、佐藤は黒幕的存在だったハリー・カーンという人物と交渉していたが、非核三原則だけでなく、「沖縄の住民の協力」というものを、不可欠の条件としたようだ。それでなくてもアレルギーの強い沖縄住民に、〝核〟は禁句と考えた。’68年の交渉では、「朝鮮半島の有事」に対しては、米軍はホノルル、グァムの基地から発進、沖縄は後方支援としてのみ使用する、とした。翌’69年にもカーンは来日し2回目の会談をするが、その時の佐藤の案が注目すべきものであった。

 彼は沖縄は「核抜き」とし、核兵器は韓国及び日本本土の基地に置けば良いと主張した。それで日本が(戦争に)巻きこまれても仕方がない、とまで言ったという。これが楠田のいう沖縄は〝核抜き、本土並み〟だったのである。あれから四十数年を経て、ボクには別の感概がある。もしあの時それを知っていたら、ボクは佐藤首相を非難しなかったと思う。情報開示の重要なユエンである。

 一方’60年に始まったベトナム戦争には、沖縄の基地から、米軍機がベトナムに向けて発進してゆく。米軍の基地は、フィリピン、ベトナム、タイ、台湾と南へ広がって行った。ベトナム戦争終結後も、米軍機は海外に出てゆく、そして日本(自衛隊)がそれに協力する―これが返還の条件であった。しかも沖縄の基地使用権(普天間を含む)は永久に(INDEFINITE)となっていた。これは〝密約〟に属するが、「有事の際の核のもち込み」も認められている。歴代の自民党政権が、「(核が)あるともないとも言わないのが〝抑止力〟」と言い抜けて来た理由は、そこにある。

 佐藤は楠田に「大変な事に手を染めてしまった」と語ったというが、今その苦悩を改めて感じる。その佐藤の大甥に当る安倍首相に、それ程〝大変な事〟をしているという思いはあるのだろうか。「どんな経済投資も沖縄県民の魂の飢餓を満たすものではない」という楠田氏の言葉を、安倍、菅、中谷氏らは何と聞く?

今週の遺言

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