第151回
日本の天気予報が世界一良く当るのは日本が特別な国だから!?
2011年12月31日号
12月2日に、約9ヵ月ぶりにニュージーランドの土を踏んだ。オークランド到着は午后2時半、気温は20度で、さわやかな初夏の気候である。夏のオーストラリアから着いたわれわれには、少々涼しい感じさえ受ける。空港に迎えに来たOKギフトNZの総支配人ダラン・ブラウンが、「昨日まで雨で少し寒かったのですが、社長が来ると不思議に晴れる」という。不思議ではなく、そういうスケジュールで動いているのだ。だからこのセリフは、カナダでもオーストラリアでも、毎年のように聞いている。
皮肉なことに、日本に帰った時はこうは行かない。いつも9月上旬と3月下旬(4月上旬もある)に帰国するのだが、近年は9月の10日過ぎでも、35度などという猛暑の日がある。また春も、4月に入って雪がちらついたり、中々意のままにならない。それほど日本の四季というものは微妙なのだろうか。ふと気がついたのだが、日本が世界一と誇れるのは、何だと思いますか? ハイブリッド車とか医療制度とかいろいろあろうが、ボクは天気予報だと思う。外国はとに角当らない。カナダ(アメリカ)、豪州、NZとボクが住んでいるところをはじめ、ほぼ毎年訪れているヨーロッパもしかりだ。だから天気予報が雨でも、ゴルフをキャンセルしたりしない。ゴルフ場に行ってから決める。大体5割以上の確率で降られない。逆のケースも、そんなものだ。ところが日本では、まず予報ははずれない。近年はピンポイントで、同じ都道府県でも、雨の降る地域や時間を予測したりしている。
勿論衛星をはじめ、技術的なこともあるのだろうが、もともと農漁業といった第一次産業に頼っていた国柄が、天候というものについて真剣に考えて来たからだろう。そして大陸の東のはずれにある島国の、他に例を見ない四季の微妙な移ろいがある。それが工業国になっても、21世紀になっても「天候に頓着する」のが、国民性になっているような気がする。NHKの朝のニュース時の予報などを見ても、「半袖に薄いカーディガン」とか、「厚手のセーターに、襟巻きをお持ちになると」とか、実に細かい。いつか日本語の解る白人を家に泊めた時、この「服装の指示」までする予報に、びっくりしていた。
ボクも根っからの日本人だから、気候と服装には細かい。セミリタイアしてから20年以上にもなり、大体温暖なところを渡り歩いているのだが、カナダやNZでは、ゴルフバッグの中に雨具の他に2~3種類の衣類が入っている。カーディガン、ウィンドブレイカーとベストは欠かせない。現地の人は皆不思議そうに見ている。彼ら(主として白人)とは、何回もこうしたやりとりをして来た。たとえば5~6月のバンクーバーで、朝小雨が降ったりすると、ボクはセーターの上に雨具を着こんで現われる。ところが彼らの大半は、半ズボンに、レインジャケットだけなのだ。
「おい、大丈夫かい、その格好で?」
「何を言ってるんだ。夏場にゴルフをするときは、いつでもこれさ。小雨の時はジャケット。何の不思議もないだろう」
そのくせ、ボクと同年代の男は、しょっ中鼻水を拭きながら、ゴルフをしているのだ。従って天気予報など、ほとんどあてにしない。
とに角白人は寒さに強い。彼らはもともと北極に近いところ(北欧)から来たのだ。一方黒人は暑さに強い。日本からメジャーに挑戦した選手(特に野手)で、夏場に成績を落す人が圧倒的に多い。黒人たちは、もともとアフリカから来たのである。
大体ボクが住んでいる日本以外の国には、四季など無いと考えた方が正しい。あれは単なる言葉であって、実際には長ーい冬と、すばらしい夏があって、その変り目に数週間の春とか秋の「ようなもの」がある、と考えた方が良い(そして豪州のゴールドコーストとかケアンズなどは一年中夏、と見なす)。
だから日本だけが特別な国だと考えて良いと思う。近年ボクは永六輔さんのラジオ番組に、定期的に(年4~5回だが)出演している。彼とは半世紀に及ぶ長いつき合いだが、これ程の頻度で会うことはなかった。すると永ちゃんの日本に対する考え方の正しさが解って来た。尺貫法を守れということで知られているが、彼の主張の底には、この「日本は特別な国」という思いがあるのだ。近頃それがひしひしと解って来た。
今回、来年1月にさくら舎というところから出る、永ちゃんの『上を向いて歩こう 年をとると面白い』という本の帯に載せる、推薦コメントを頼まれ、出版前に読ませてもらった。ここでも永ちゃんは、ピアノは88の音しか出せないが、三味線は無限の音が出せるという観点に立つ。明治以降の音楽教育は、このピアノを基本とする「ドレミファソラシド」の西洋基盤に立ってしまった。日本の音楽を考え直そうと、実に論理的だが面白い展開を見せてくれる。
この「日本は特別な国」という立場に立つと、日本という国の未来が見えてくるのではないか。安易に、アメリカのような国を目指して良いのだろうか。小泉純一郎を使って「民間に出来ることは民間に」という巧言で、日本に格差社会をつくったアメリカは、今野田佳彦を操って、一層その道を歩ませようとしている。野田は、TPP、消費増税、安全保障など、不退転の覚悟でやると宣言した。そのためには「捨て石になる」とまで言ったという。しかしそれをやるなら、まず議会を解散して国民の信を問うてからにしてくれ。前回の選挙での民主党のマニフェストは生きているのだから。

